在宅医療連携拠点たんぽぽ

医療法人ゆうの森

今回、多職種連携の課題に対する解決策を抽出するために集まった在宅医療に積極的に取り組む皆さんをクローズアップし、当地域の連携の素顔に迫ります。

患者の力でがん医療や療養環境をより良くしたいと願うがん患者会の理事長
NPO法人愛媛がんサポート おれんじの会  理事長 松本 陽子さん

患者や家族の想いを伝えることで未来を変える

 がん患者と家族の会「おれんじの会」(松山市)は、がんの苦しみや不安を抱える患者・家族がともに寄り添い、行政や医療機関に積極的に当事者の声を届けることで、がん医療と社会的な療養環境をより良いものにしようと、2008年4月に設立されました。今回は設立以来、理事長として関係機関にさまざまな提言を続けている松本陽子さんにお話を伺いしました。
 設立当初25人だった会員数は現在約190人で、患者本人や家族、遺族、医療者などが加入しており、中予地区だけでなく東予や南予の会員もいます。「会の活動の柱は3つあります。1つ目は交流。患者、家族、遺族などが集まって自由に語り合う場を提供しています。2つ目は学び。がん治療の最新情報や療養生活での工夫などを専門家から学びます。また一般の方にがんや療養生活について学んでいただくために、医療セミナーを開催しています。3つ目は情報発信。アンケート調査を実施し、その調査結果を分析・可視化した上で、医療者や行政に伝えるのですが、そこに私たちなりの提言を盛り込むことで、より良いがん対策を求めています」。
 同会の設立以前にも県内にはいくつかのがん患者・家族会がありましたが、その活動は傾聴を中心としたものでした。松本さんは当時を振り返り「話し合い、慰め合うことはとても重要ですが、私は今の悲しみをいつかは無くしたかったし、後に続く患者や家族に同じ思いをさせたくなかった。そのためには当事者の想いや考えを医療者や行政に伝え、改善していく必要がある。そこで同じ経験をし、同じ考えを持った人の声を集める場所として、この会を設立しました」と語ります。

家族と自身の経験から、“患者力”の必要性を実感

 松本さんは19歳の時に父親を胃がんで亡くします。「父には病名を伏せていたこともあり、闘病生活はとても悲惨でした。“がんは人をとことん苦しめ抜いて命を奪っていく”、そんな印象だけでした。当時はがんに対する情報は少なく、家族は次に何が起こるのか分からないので不安で一杯でした」。父親が他界したあと、松本さんはご自身を含む“家族のがんとの向き合い方”を振り返ります。がんに関する書物を読むうちに、全く違うがんとの向き合い方があることを知り「こういう過ごし方があることをもっと早く知っておけば、と思いました」。
 そんな松本さんに大きな転機が訪れたのは、NHK松山放送局でキャスターをしていた33歳の時。ご自身に子宮頸がんが見つかり、4年間の闘病生活を強いられます。「がんに対する痛みや不安だけでなく、仕事のことや家族のこと、再発の恐怖など悩みは尽きませんでした。がん患者の療養環境を変えるには、いろんな対策が必要だと実感し、自分に何ができるのか考え始めました」。
 設立に向けて準備を始めた頃、松本さんは一人の仲間に出会います。大腸がん患者の小野光則さんです。「小野さんは“がん患者の療養環境を良くするためには、医療者や行政に頼っているだけではダメ。患者の苦しみや不安を周りに理解してもらうには、患者自身がメッセージを発するほかない。自分たちの患者力をもっと発揮しよう”とよくおっしゃっていました。実際に昨年亡くなる1週間前も、看護師や看護学科の学生を集めた特別講義を入院先のホスピスで実施されました。小野さんはこれからの医療を担う人たちに、がん患者の想いを伝えることを全うされたのです。他人には真似のできない小野さんらしい生き方だと思います」。

励ますのではなく、受け入れることで救われる

 同会を運営していく上で大切にしていることをお聞きしました。「患者、家族の気持ちはどんなものでも全て受け入れるよう心掛けています。例えば“前向きになれない”と口にする患者がいても、それを否定しないようにしています。まずは全てを受け入れ、互いに認め合うことから始めます」。
 松本さんは自身が療養中に知人から「前向きにならないとダメよ」と言われるのが一番辛かったそうです。「そう言われると“前向きじゃいから病気になった、前向きじゃないから家族を苦しめている”という発想になり、自分がどんどん追い詰められる。実は多くの患者さんは励ましの言葉ではなく、自分の不安や迷いを受け入れて欲しいと願っているのだと思っています」。
 「在宅医療連携拠点事業」に期待することをお聞きすると「在宅医療の情報が正しく広く発信され、がん患者や高齢者が在宅医療を選択肢の一つとして考えられるようになることを期待しています」と松本さん。さらに続けて「多くの患者や家族は医療者に本音を言えないもの。なかなか口に出せない不安や悩みを拾い出し、代わりに伝えていくことが、私の使命だと思っています。それにはまずこの会を続けること。先に旅立った仲間が最後まで病気から逃げなかったように、私もこの役割から逃げてはいけないと思っています」。
 最後に多職種の方にメッセージをいただきました。「がん患者は身体が苦しければ薬を処方しくれる人を、心が辛ければ寄り添ってくれる人を求めます。家族を助けてくれる人も必要です。それぞれの立場の方がプロフェッショナルとして支えてくれることで、患者も家族も楽になれます。支えてくれる手は多様にたくさんあった方が心強いもの。これからもよろしくお願いします」。
 フリーアナウンサーらしく、適切な言葉で分かりやすく質問に答えてくれた松本さん。取材中の真剣な眼差しと力強い言葉に、理事長としてのリーダーシップを感じる一方、その優しい笑顔に多くの会員が癒されていると感じました。

松本 陽子さん

プロフィール

松本 陽子(まつもと ようこ)
勤務先・役職:
NPO法人愛媛がんサポート おれんじの会  理事長
生年月日:1965年9月22日
出身地:松山市