在宅医療連携拠点たんぽぽ

医療法人ゆうの森

今回、多職種連携の課題に対する解決策を抽出するために集まった在宅医療に積極的に取り組む皆さんをクローズアップし、当地域の連携の素顔に迫ります。

ホスピス精神に基づいた全人的ケアで、患者に安心と豊かな生活をもたらす医師医療法人 聖愛会 松山ベテル病院 院長 中橋 恒さん

入院は在宅医療のバックアップ。最期まで住み慣れた家で人生を楽しんで欲しい

 多くの病院が「治療」を目的に最先端医療を駆使した医療活動を行っていますが、松山ベテル病院(松山市祝谷)はホスピス精神を大切にした全人的なケアの実現を目指し、介護や在宅診療にも積極的に取り組んでいます。院長の中橋恒先生にお話をお聞きしました。

  「当院の目的は"治療"ではなく"ケア"。現在でも"死は医療の敗北"と考える医師が多い中、1982年4月の開院以来、一貫して死と向き合ってきました。人生の最期を迎えるにふさわしい療養の場、すなわち生活の場を提供することを目指しています」。

 松山ベテル病院では、ケアを提供する形には「通院」「入院」「在宅」の3つがあると考え、患者の要望や年齢、症状、家族や生活環境などにより、柔軟に対応しています。

「医療法人聖愛会を船に例えると、在宅医療は船の舳先(へさき)にあたります。在宅医療が患者さんの自宅をケアの場として開拓し、地域に在宅医療が広がっていく感じです」。

 松山ベテル病院では、症状が比較的安定している患者には、まずは通院も含めた在宅での療養を提案し、入院が必要になったときにだけ入院療養で対応しているそうです。「最初から療養を目的とした入院もありますが、入院機能の役割として在宅のバックアップがとても重要だと考えています。入院は船で言えば船室。船旅の間、雨風に打たれれば船室でやり過ごすことができるように、調子が悪いときは入院して体調を取り戻していただきます。しかし、船室に閉じこもってばかりでは、海の景色や潮の香りを楽しむことはできません。患者さんも病室に閉じこもるのではなく、自宅で療養しながら自分らしい生き方を全うして欲しいという病院の理念が、在宅ケアの可能性を広げています」。

一人の人間として接することで、患者さんが望む暮らしが見えてくる

  中橋先生は以前、松山赤十字病院で呼吸器外科医として勤務されていました。「外科医のときは患者さんを見ているようで、実は疾患しか見ていませんでした。病気を治すことに一生懸命でしたが、限界も感じていました。松山べテル病院の理念に魅かれ、50歳でこの病院に来たとき、患者さんを一人の人間としてまるごと見ること、その人の人生に関わることの素晴らしさに出会いました。その人が、その人らしい人生を生き終える瞬間、人生の最期に立ち会えることを幸せに思っています」。

 在宅医療のメリットをお聞きすると「入院の場合、患者さんは病室を貸してもらっている『客』であり、医師や看護師が『主人』。在宅の場合は患者さんが『主人』で医師や看護師が『客』。『主人』の立場で生活できる自宅の方が患者さんは癒され、表情も心も豊かになります。何より家族との触れ合いの中で、人生の最期を迎えられることが最大のメリットでしょう」。

 在宅医療のメリットは、患者だけでなくスタッフにもあるそうです。「自宅を訪れると病室では分からなかった患者さんの人生に触れられ、“患者”ではなく、“人”として向き合うことができます。例えば、仕事ができなくなった無念や家族への思いをお聴きするなど、生活感の中で“生きていること”に寄り添いながら、自分たちに何ができるのかを考えます。つまり自分に求められている真の役割が見えてくるのです。また、在宅医療はチームプレー。各スタッフが専門分野の力を発揮し、大切なことを話し合います。そんな体験ができるのも在宅医療ならではでしょうね」。

地域での仕組み作り、チーム作り、住民へのPRがポイント

 中橋先生には忘れられない思い出があります。自宅で最期を迎えた80代の男性と奥様の話です。「私が自宅に到着したときには、旦那さんの息はなく、枕元では奥様が旦那さんの背中を抱き、手を握り締め、歌を口ずさんでいました。奥様は私に『先生、主人はいつもこうして私にこの歌を聞かせてくれました。これから独りになる私のことを案じて、最期の最期まで私を慰めてくれたんですよ』と語られました。病院では体験できないドラマティックな情景に心打たれ、感動しました」。

 今後の在宅医療の課題をお聞きしました。「多職種の役割分担を明確にしながら、安全を確保した中で安心して療養(生活)できるよう支援することは、とうてい医師だけの力では成し得ません。バックアップベッドのある病院の確保、かかりつけ医を含む複数の医師との連携、コーディネーターを中心とした24時間対応のチーム作りが、在宅医療を普及していくには不可欠です」。

 さらに今回の「在宅医療連携拠点事業」に期待することをお聞きすると「在宅医療を根付かせるには、国の制度に頼るだけではなく、地域の中で仕組みを作り、チームを構築し、それを地域の方々にアピールしていくことが大事。今回の事業ではそれができると期待しています」とのご回答。さらに続けて「医療・介護に携わる者には、人生の最終章に付き合える力量が必要です。『生き終える死』を受容できる専門性を高めて、チーム力を発揮することが、私たちの使命だと思います。」とスタッフにエールを送られました。その言葉に、松山ベテル病院が30年間に渡り培ってきたホスピス精神が、在宅医療を通じて少しずつ、確実に地域に浸透していくと感じました。

中橋 恒さん

プロフィール

中橋 恒(なかはし ひさし)
勤務先・役職:医療法人 聖愛会 松山ベテル病院 院長
専門(診療科目):ホスピス、外科
生年月日:1951年10月26日
出身地:長崎市

略歴
昭和52年 金沢大学医学部卒業
昭和55年 九州大学医学部第2外科 入局
平成 4年 松山赤十字病院呼吸器外科部長
平成14年 松山ベテル病院 ホスピス医師
平成16年 松山ベテル病院 ホスピス長
平成17年 松山ベテル病院 院長

役職

医学博士
日本ホスピス緩和ケア協会 理事、四国支部代表幹事
日本緩和ケア学会 代議員
日本死の臨床研究会 世話人
死の臨床研究会中国・四国支部 愛媛県世話人
肺癌学会中国・四国支部 評議員
愛媛県がん対策推進委員会委員
愛媛県在宅緩和ケア推進協議会委員
愛媛緩和ケア研究会 代表
愛媛がん性疼痛研究会 世話人
愛媛がん性疼痛緩和塾 世話人
日本緩和医療学会 暫定指導医